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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)6096号 判決 1966年8月05日

原告 鈴木寛二

右訴訟代理人弁護士 山崎俊雄

被告 山崎伝

右訴訟代理人弁護士 本田邦明

主文

被告は原告に対し金六百五拾万円及びこれに対する昭和四拾年七月弐拾四日以降右完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金百万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一及第二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、原告は昭和三十五年中に当時原告が所有していた東京都港区芝田村町一丁目四番地三所在の建物等を売却したのであるが、右売却による譲渡所得を含む原告の昭和三十五年度分所得の所轄税務署に対する申告に関し、税理士である被告に対し税務の処理を委嘱した。原告は永年病床にあった為右建物の売却、被告との交渉等はすべて原告の妻てう子及訴外八島佑浩が原告の代理人として事に当ったのであるが、同訴外人等は被告に対し原告の昭和三十五年度の所得に関し次のような事実関係を説明して上記の通り被告に税務の処理方を委嘱したのである。

(一)  譲渡所得

(イ)  譲渡物件 原告が所有していた前記場所所在の鉄筋コンクリート造四階建ビル及右建物敷地の借地権

(ロ)  譲受人 日本石油株式会社

(ハ)  契約年月日 昭和三十五年六月十七日

(ニ)  譲受人が譲渡人たる原告に支払った金額

建物立退補償金 六五、〇〇〇、〇〇〇円

損害賠償金慰藉料 六五、〇〇〇、〇〇〇円

(ホ)  残存価額 二、八三三、八一二円

(ヘ)  譲渡経費

建物居住者に対する立退料 二四、〇〇〇、〇〇〇円

弁護士報酬 二、七〇〇、〇〇〇円

(二)  不動産所得 七八四、一五九円

(三)  給与所得 一八〇、〇〇〇円

被告は右の事実関係について、前記訴外人等に対し原告が日本石油株式会社から受領した合計金一億三千万円のうち前記損害賠償金慰藉料名義の六千五百万円が譲渡対価に含まれるかどうかの決定は困難であるが、自分の税理論及所轄税務署に対する影響力をもって右金額を譲渡対価より除外し、これに対しては課税されないように処理する旨を確約するとともに、事務処理が困難を伴うことを理由に着手金として金百万円の支払を要求したので、原告は訴外笠井貞夫弁護士を通じて右金員を被告に支払い、前記の通り税務の処理を被告に委嘱したのである。

二、被告は右委嘱に基いて昭和三十六年三月十五日原告の昭和三十五年度分所得税確定申告書及同年四月五日右申告書の修正申告書を所轄玉川税務署に提出して原告の為に昭和三十五年度分所得税の確定申告をしたのであるが、右申告の内容は次の通りであった。

譲渡所得 一七、六五八、九四〇円

(前記日本石油株式会社から受領した金一億三千万円のうち建物立退補償金名義の六千五百万円のみを譲渡対価に計上し、その中から前記残存価額、建物居住者に対する立退料及弁護士報酬を控除した残額三千五百四十六万六千百八十八円から十五万円を特別控除し、その残額を二分の一した金額)

不動産所得      七八四、一五九円

給与所得       一八〇、〇〇〇円

以上合計    一八、六二二、二五三円

所得控除       二一七、一〇〇円

課税所得金額  一八、四〇五、一〇〇円

算出税額     八、八三二、八〇五円

申告税額     八、八二六、九九五円

予定納税額      二六〇、二四〇円

第三期分の税額  八、五一六、〇四〇円

而して原告は同年三月十五日右第三期分税額金八百五十一万六千四十円を玉川税務署に納入した。

三、しかしながら税務当局は被告の右申告の内容をそのまま承認する筈はなく、たとえ被告が前記建物立退補償金六千五百万円のみを申告し、他の損害賠償金慰藉料名義の六千五百万円については申告をしなくても税務署は不動産等の譲渡対価の審査に当っては必ず反面調査を行い、譲渡人のみならず譲受人の支出関係をも調査するのが常であるから右損害賠償金慰藉料名義の六千五百万円をも探知することは容易であり、また名目の如何に拘らず右六千五百万円も譲渡対価の一部である実質には変りはないのであるから、たとえ形式をどのように整えたとしても右金額が課税対象から除外されることはなかったのであって、被告自身かつて税務署に勤務し、且二十年近くも税理士の業務に携っていたのであるから右の事情を熟知していたものである。而して現に所轄玉川税務署は、昭和三十六年九月、日本石油株式会社について調査をした結果前記建物及借地権の譲渡対価が一億三千万円であることを突止め、同月十三日及十五日の二回に亘り被告の出頭を求めて前記損害賠償金慰藉料名義の六千五百万円も課税対象とすべきものであることを理由に被告が先に提出した確定申告書を修正するように被告に対し勧告した。

然るに被告は右に述べたように、原告の昭和三十五年度分所得税額が前記申告の通り八百五十一万六千四百円をもっては確定せず、後日必ず更正決定がなされるべき事情にあることを知りながら、右決定がなされるのに先立って原告を欺き成功報酬として金員を騙取しようと企て、同年十二月港区芝の料理店において原告の代理人である前記八島佑浩に対し、本件譲渡所得に対する税金に関しては損害賠償金慰藉料名義の六千五百万円は課税の対象とならず、申告の通り不動産所得及給与所得を合せ約八百五十万円で済むように自己の手腕と顔で税務当局を説得し、その承諾を得たから大丈夫である旨虚偽の事実を告げ、また同月二十七日原告方において妻てう子に対しても同様の趣旨を告げ、よって同人等をして原告の昭和三十五年度分所得税が先に被告がした確定申告通りの額で解決したものと誤信させ、同人等は高額とは思いながらも被告から要求されるままに成功報酬として金六百五十万円を支払うことを約し、同日原告に対し右金額を支払った。

四、被告は右記載の通り原告の代理人である八島佑浩及原告の妻てう子を欺罔して成功報酬名義で金六百五十万円を原告から騙取したものであるが、原告は昭和三十七年十一月二十九日に至り玉川税務署から次のような内容の更正決定を受けた。

譲渡所得 五〇、一五八、〇九四円

(譲渡対価を一億三千万円と認定し、その中から残存価額二百八十三万三千八百十二円、建物居住者に対する立退料二千四百万円及弁護士報酬二百七十万円を控除した残額一億四十六万六千百八十八円から更に十五万円を控除した残額を二分の一した金額)

不動産所得     七八四、一五九円

給与所得      一八〇、〇〇〇円

以上合計   五一、一二二、二五三円

所得控除      二一七、一〇〇円

課税所得金額 五〇、九〇五、一〇〇円

算出税額   二九、三四三、五七〇円

ここにおいて原告は始めて被告が原告を欺罔して前記成功報酬金六百五十万円を騙取したことを知り、妻てう子及八島佑浩をして被告の非を責め、右金員の返還を求めさせたが被告はこれに応じない。

他方右更正決定に対しては被告において異議申立をなし、いわゆるみなし審査請求により事件は東京国税局に係属するに至ったが、原告は最早被告を信頼することができないので、別に小林寿雄税理士に委嘱して国税局との接渉に当らせ、その結果同税理士の努力により前記一億三千万円の譲渡対価については変更はないが物件譲渡の仲介斡旋手数料四千万円が譲渡経費として別に認められた結果東京国税局長によって原告の昭和三十五年度分所得税は千五百八十七万円(本税)と認定され、結局原告は、被告の申告額の外本税七百四万三千十円、過少申告加算税三十五万二千百五十円及延滞利子二百九十五万八千七百六十円以上合計金千三十五万三千九百二十円を追徴された。

五、以上の通り原告が被告に対し成功報酬金六百五十万円の支払を約しその支払をしたのは被告の詐欺によるものであるから原告は被告に対し昭和四十年六月十日到達の内容証明郵便をもって右成功報酬支払の約定を取消す旨の通知をした。従って被告は不当利得として右金六百五十万円を原告に返還すべき義務がある。また仮に被告の詐欺の事実が認められないとしても、原告は昭和三十五年度分の所得税額が被告の申告通り八百五十万円位で確定したものと誤信し、原告に対し金六百五十万円の成功報酬支払の約定をしたものであって、原告の所得税額が八百五十万円位で確定したことは右報酬支払約定の要素をなすものである。従って右の約定は法律行為の要素に錯誤があったものであるから無効と謂うべく、この点からも被告は金六百五十万円を不当利得としてこれを原告に返還すべき義務がある。

よって右金六百五十万円及これに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四十年七月二十四日以降右完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、

と述べ、証拠≪省略≫

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、答弁として

一、原告の主張事実のうち、原告がその昭和三十五年度分所得税の確定申告に関してその主張のような事実関係を説明して被告に税務の処理を委嘱し、被告がこの委嘱を受けたこと、被告が原告から着手金として金百万円の支払を受けたこと、被告が原告主張の日にその主張のような内容の原告の昭和三十五年度分所得税の確定申告をしたこと、被告が原告からその主張の日に金六百五十万円の支払を受けたこと、原告がその主張の日にその主張のような内容の所得税の確定申告に対する更正決定を受けたこと、被告が右更正決定に対し異議の申立をなし、いわゆるみなし審査請求により事件が東京国税局に係属し、原告主張のような東京国税局長の裁定がなされ、結局原告がその主張のような税額の追徴をされたこと及被告が原告から昭和四十年六月十日到達の内容証明郵便を受領したことはいずれもこれを認めるがその余はすべてこれを争う。

二、原告は被告に対し本件の税務処理を委嘱する以前、即ち昭和三十五年六月十七日日本石油株式会社に対する譲渡物件の譲渡対価一億三千万円を建物立退補償金名義及損害賠償金慰藉料名義に二分して受領するもののように右会社との間に契約をし、翌昭和三十六年三月中に右事実を前提として被告に対し税務の処理を委嘱したものである。而して右損害賠償金慰藉料名義の六千五百万円が課税対象となるかどうかが本件税務処理上の重点であったことは原告側においても当時認めていたところであって、これを認定する機関である税務署が存在する以上、被告としては原告主張のように右名義の六千五百万円が課税対象から除外されるように処理をする旨原告側に対し確約したことはなく、単に被告において従来からの業務上の経験を活用し、能う限りの努力をすれば或は原告側の期待に副い得るかも知れない旨述べたに止るのである。被告が右税務処理の委嘱を受けるに当って受領した着手金については、原告が日本石油株式会社に対する譲渡物件の譲渡に関与し、且本件税務処理に関し被告を原告に紹介した訴外笠井貞夫弁護士の意見もあって金百万円位ではということとなり、昭和三十六年三月及同年六月の二回に亘り金五十万円宛を同弁護士を通じて受領したものである。

被告が玉川税務署に対して所得税確定申告をする際前記損害賠償金慰藉料名義の六千五百万円を譲渡所得から除外して申告書を提出したのは原告側の強い希望によったものであるが、昭和三十六年九月頃玉川税務署から原告が損害賠償金慰藉料名義の金員を受領した事実の有無について質問があったので被告はこれを肯定し、且右金員は殆んど本件譲渡に伴う諸経費の支出の為に費消し、課税対象とはならぬ性質のものであることを同税務署に対し説明したのであって、原告主張のように同税務署から申告書の修正を求められたことはない。而して被告は本件税務処理に関して種々尽力をし、多額の交際費、接待費、謝礼金等をも支出したのであるが、昭和三十六年も終りに近くなり、本件税務処理も終結したものと考えられたので、被告は右のような経費をも含めた事務処理費の趣旨のもとに金額を示すことなく前記笠井弁護士を通じて報酬の精算方を申入れたところ、同弁護士及訴外八島佑浩において協議の上報酬額を金六百五十万円と決定し、その結果が被告に通知されたので被告は同年十二月二十七日右金員の支払を受けたものであって、右金員は原告主張のように原告に対する所得税が八百五十万円位で確定したことに対する成功報酬の趣旨で授受されたものではない。

なお被告は玉川税務署長の更正決定に対し昭和三十七年十二月二十四日同税務署に異議申立書を提出し、更に昭和三十八年四月四日には東京国税局協議団本部長宛審査請求書を提出する等可能な限りの努力をしたに拘らず、右審査請求に基く第一回呼出期日である同年五月六日以後においては原告は不当にも被告を解任し、訴外税理士小林寿雄に対し本件の税務処理を委嘱したものである。

以上の次第であって前記報酬金六百五十万円の支払について被告が原告を欺罔し、或は原告に錯誤があったことを前提とする原告の本訴請求には応じ難い、

と述べ、証拠≪省略≫

理由

原告が請求の原因として主張する事実のうち、原告がその昭和三十五年度分所得税の確定申告に関してその主張のような事実関係を説明して税理士である被告に対し税務の処理を委嘱したこと、被告が右税務処理のための着手金として原告から金百万円の支払を受けたこと、被告が原告主張の日にその主張のような内容の原告の昭和三十五年度分所得税の確定申告をしたこと及被告が原告からその主張の日に金六百五十万円の支払を受けたことは当事者に争のないところである。

以上の争のない事実に≪証拠省略≫を綜合すれば、原告は、昭和三十五年中にその所有にかかる東京都港区芝田村町一丁目四番地の三所在の鉄筋コンクリート造四階建事務所一棟建坪二十九坪五合、二階三十坪、三階二十六坪五合、四階四坪及右建物の敷地三十四坪五合三勺に対する借地権を訴外日本石油株式会社に対し譲渡対価金一億三千万円で譲渡したが、譲渡契約の締結に当って原告が委任した訴外弁護士笠井貞夫の意見によって右譲渡対価を建物立退補償金六千五百万円及損害賠償金慰藉料六千五百万円なる二箇の名義に区分して契約書を作成したこと、原告は昭和三十六年二月十日頃自己の昭和三十五年度分所得税の確定申告をするに当り右笠井弁護士から紹介された被告に対し右所得税の確定申告に関する税務の処理を委嘱したこと、原告は永年病床にあって直接対外的な接渉をすることができなかったので原告の妻てう子及原告の知人である訴外八島佑浩が原告に代って対外的な接渉に当っており、前記日本石油株式会社との間の建物等の譲渡契約の締結、被告に対する税務処理の委嘱等もすべて右てう子及八島を通じて行われたこと、被告は上記の通り本件税務処理の委嘱を受けるに先立ち予め友人である笠井弁護士から原告及日本石油株式会社との間の前記契約の内容について説明を受けていたのであるが、その後てう子及八島を通じて前記の通り税務処理の委嘱を受けるに当り、同人等に対して原告が日本石油株式会社から対価として受領した一億三千万円のうち損害賠償金慰藉料名義の六千五百万円を課税所得から除外することについて税務署の承諾を得ることは必ずしも容易ではないが、被告の従来の業務上の経験を活用し能う限りの努力をすれば所得税の軽減を希望する原告の期待に副うことも不可能ではない旨を告げ、笠井弁護士の口添もあって、原告から本件税務処理のための着手金として金百万円の支払を受けることとなり、その後同弁護士を通じて二回に分けて右着手金の支払を受けたこと、被告は原告の為昭和三十六年三月十五日附確定申告書及同年四月五日附の修正申告書を所轄玉川税務署に提出して、原告が日本石油株式会社から支払を受けた一億三千万円のうち損害賠償金慰藉料名義の金六千五百万円を控除した残額のみを譲渡所得として計上し、原告の納付すべき第二期分所得税額を金八百五十一万六千四十円とする原告主張のような内容の昭和三十五年度分所得税の確定申告をし、原告は被告の指示により同年三月十五日右第二期分税額を玉川税務署に納付したこと、然るにその後玉川税務署においては麹町税務署に対する照会の結果原告の実際の譲渡所得額と申告額との間に相違があることを探知し、同年八月二十日原告に通知して修正申告書の提出を求めるとともに、同年九月十日同税務署職員が原告方に赴きてう子に面接して修正申告の趣旨を説明し、原告の税務署への出頭方を求めたこと、そこでてう子は大いに驚き八島にその旨を知らせ、矢島も原告の依頼によって事の処理に当って来た責任上被告にその旨を告げて税務署との交渉方を依頼したので、被告は同月十三日玉川税務署に出頭したところ、同署職員の指示により原告同伴の上二、三日中に修正申告書を提出することを約束し、同月十五日再び被告単独で右税務署に赴き、同署職員に対し原告の譲渡収入一億三千万円のうち六千五百万円は損害賠償金慰藉料の支払を目的としたもので課税の対象とはならない旨原告において主張するため修正申告書を提出することができないとの趣旨を説明して前々日約束した修正申告書の提出を断るとともに、他方八島やてう子に対しては右のような税務署との交渉経過については特に報告をすることもなく単に税務署の方には自分からよく連絡してあるから憂慮する必要はない旨告げるだけであったため八島もてう子も被告の尽力によって事態は円満に解決するものと信じ愁眉を開いたこと、而してその後は原告に対しては税務署からは何等の通知もなく同年も十二月末頃に至ったところ、被告において笠井弁護士を通じて原告に対し委嘱を受けた税務処理の報酬の精算方を求めたので八島は笠井弁護士に呼ばれて同弁護士及被告と会い被告の事務所近くの料理店において右の三者間で被告に対する報酬額についての打合せをしたのであるが、その際も被告からはそれまでの間における税務署との交渉経過、今後の見通し等については特に説明はなく、却ってその席上本来ならば三、四千万円にも達する筈の税金が八百五十万円位で済んだのであるから報酬は千万円位要求してもよいのだ等の笠井弁護士の諧謔的発言もあり、被告からも税額は先に被告が申告した通りの額で確定し問題は解決したとの趣旨の説明があったので結局被告に対する報酬額は三者協議の上で金六百五十万円とすることに決定されたこと、然しながら八島としては自己の責任上右のような多額の報酬を原告に支払わせるからには税額が申告通りに確定したことについて原告をも納得させる必要があるとして、右の席上被告に対し税額が申告通りに確定したことについての税務当局の文書による証明を要求したところ、被告は却って八島の懐疑の態度に対し忿懣の色を示したこと、このような事情から八島は原告の所得税額は被告の尽力によって申告の通り金八百五十万円位で確定したものと信じ、被告に対し報酬金六百五十万円を原告をして支払わせることを約し、その旨を原告に伝え、原告もまたこれを信じて同月二十七日てう子の手を経て被告に対し金六百五十万円を支払ったこと、しかしながら事実は右と異り当時原告の納付すべき税額はまだ確定するに至っておらず、被告は先に述べたように既に玉川税務署の担当職員から修正申告書の提出方を指示され、また被告が右修正申告書の提出を断った関係上原告の申告税額について税務署長による更正の処分がなされるべきことは必至の事情にあったこと、およそ以上の事実を認めることができる。被告本人訊問の結果中上記の認定に牴触する部分は当裁判所の措信しないところである。

原告は、被告は原告を欺き成功報酬名下に金員を騙取することを企て原告を欺罔した旨主張するけれども、原告の提出援用にかかる全証拠によっても、右主張を認めるには不十分である。

しかしながら上記認定の事実によれば、原告が事実に反して自己の所得税額は被告の尽力によって申告額の通りに確定したものと誤信し被告の右尽力に対する報酬として金六百五十万円を被告に支払うことを約定するに至ったことは明かであり、若し原告が当時原告の申告税額について早晩税務署長による更正の処分がなされるべき実情にあることを知っていたならば、被告に対する報酬額を金六百五十万円とすることについて承諾を与えることをしなかったであろうということも容易に推測することができるのである。してみれば原告の納付すべき所得税額が申告の通りに確定していることは原告がした右報酬の支払約定行為の要素をなすものであり、従って右の約定は法律行為の要素に錯誤があったものとして無効であると謂わなければならない。

なお、原告に代って被告に対する本件税務処理の接渉に当った原告の妻てう子及八島佑浩が原告の納付すべき税額が申告額のとおりに確定したものと誤信するに至ったのは税務に関しては専門に知識をもたない同人等が専門家である被告の知識経験を信頼したことによるものと認められるのであるから、てう子及八島が右のような誤信をしたことについては少くとも同人等に重大な過失があったとすることはできないのであって、却って被告がその過去における税務署職員としての、及税理士としての知識経験から原告の申告税額について後日更正処分が為されるべきことを当然に予期していたものと推測されるに拘わらずてう子や八島にはそのことを明にせず、また先に認定したような昭和三十六年九月中の対税務署との交渉の経過についても同人等に対し具体的な報告をしなかった被告にこそ重大な過失があったものと謂うべく、被告は前述した報酬支払約定が無効であることに伴う不利益を甘受すべきものと謂わなければならない。

被告は本件税務処理に関し種々尽力をし、多額の交際費、接待費、謝礼金等を支出したので、これらの経費をも含めた事務処理費の趣旨のもとに前記報酬の支払を受けたものである旨主張するけれども、この点に関する被告本人の供述は前記認定に照したやすく措信し難く、他にこれを肯定して前段掲記の判断を覆すに足る証拠はない。また被告は前記報酬を受領した当時原告の納付すべき税額の確定を見るまでにはなお相当の時日とその間における被告の努力とを要する見込であった旨供述し、現に被告がその後に至り玉川税務署長がした申告税額の更正処分に対し異議申立の手続をしたことは当事者間に争がなく、またいわゆる看做審査請求により事件が東京国税局に係属した後被告が同局協議団本部長宛審査請求書提出の手続を取ったことも本件弁論の趣旨からこれを認めることができるが、被告としてはすべからく上記のような見込及これに基く将来の処分方針をも相手方に説明した上で適正報酬額の請求をするのが筋であるに拘わらず、前認定の通り原告が自己の納付すべき税額が既に申告の通りに確定したものと誤信してその支払を承諾した報酬額をその侭漫然と受領するの挙に出たことは、納税者の信頼に応え、且納税義務の適正の実現に寄与すべき税理士としての職責にも悖るものと謂わなければならない。

以上に説明した通り原告が被告に対してした報酬支払の約定が無効である以上、この約定に基いて被告が受領した金六百五十万円は被告が法律上の原因なく原告の損失において得た利益としてこれを原告に返還する義務があり、右金員とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明かな昭和四十年七月二十四日以降右金員の完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当である。

よってこれを認容し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言に付同法第百九十六条の規定を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 平賀健太)

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